翌朝。
いよいよ、フィジーで初めての学校です。
ホストファミリーの娘・メレと一緒にバスに乗り込みました。
バスの中で気になったフィジーの人たちの髪👩🏾🦱
バスの中でまず驚いたのは、フィジーの人たちの髪。
みんなツヤツヤで、とてもいい香りがするんです🥥🌺。
「なんでこんなに髪が濡れたようにツヤツヤなんだろう?」
後から聞いた話では、フィジーでは強い日差しや乾燥から髪を守るために、コンディショナーやココナッツオイルなどを使って髪を保湿する人も多いそうです。
そのため、バスの中にはほんのりココナッツの香りが漂っていました。
窓ガラスのない🚌
そして、もう一つ驚いたことがあります。
当時のバスには、窓ガラスがありませんでした。
暑い日は熱風がそのまま入ってきます。
雨の日には、ビニールのカーテンを下ろしてしのぎます。
排気ガスもそのまま入ってくるので、日本のバスしか知らなかった私にはかなり衝撃的でした。
でも、そんなことも含めて、
「これがフィジーなんだ。」
と感じたのを覚えています。
学校へ向かう道中は、昨日の不安を引きずりながらも、
「今日から本当に留学生活が始まるんだ。」
というワクワクもありました。
まさかの再会。空港で会った女の子と同じクラスに!
教室へ入ると、生徒は私を含めて3人。
そして、そのうちの一人を見て思わず驚きました。
「あれ……どこかで会ったことがある!」
実は、日本を出発する日に台風で飛行機が欠航になり、公衆電話の前で少し話した女性だったのです。
あのときは、お互いどうしていいか分からず、不安そうな顔で電話を握りしめていました。
彼女は都内に住んでいたので、そのまま家へ帰れると聞いて、
「いいなぁ😟。」
と少しうらやましく思ったのを覚えています。
まさかフィジーで再会し、しかも同じクラスになるなんて。
「あのとき変なこと言ってなかったかな……😐。」
なんて記憶をたどっていました。
でも、この偶然の再会が、この先ほぼ毎日のように一緒に過ごす大切な友達との出会いになるとは、このときはまだ知る由もありませんでした。
授業開始5分で「レベル4」の意味を思い知る
やがて先生が教室へ入り、自己紹介を済ませると、いよいよ授業が始まります。
そして私は、レベル4と言われた意味を開始5分で思い知ることになります。
……全然分からない。
本当に、何を言っているのか分からないんです。
7割どころか、体感では8〜9割。
先生の英語は、私にはまるで呪文でした。
必死に聞いて、日本から持ってきた電子辞書で単語を調べる。
また聞いて、また調べる。
その繰り返しです。
おかげで電子辞書を打つスピードだけは、日に日に速くなっていった気がします(笑)。
「何とか理解しなきゃ。」
その気持ちだけで授業を受けていました。
気づけばずっと眉間にしわを寄せっぱなし😣。
休み時間になる頃には、眉間が疲れているのが自分でも分かるほどでした。
「レベル4……私、本当に大丈夫なの?」
初日の不安は、さらに大きくなっていきました。
フィジー留学中の定番ランチは「ロティーとカスタードタルト」
授業が終わると、お昼休みです。
私が毎日のように通っていたのは、学校内のキャンティーン。
そこで買うものは、ほぼ決まっていました。
ロティー1本と、カスタードタルト1個。
これが、私のフィジー留学中の定番ランチでした。
……ただ。
食べることが大好きな私にとっては、正直言って全然足りません。
「もうちょっと食べたい……😫。」
毎日のようにそう思っていました(笑)。
でも、5か月間の留学生活。
ランチに毎日お金をかけるわけにもいきません。
限られたお金の中で生活しなければならなかったので、食事もできるだけ節約しました。
今振り返ると、食事面でもかなり我慢していたなと思います。
うらやましすぎる!友達のお弁当
そして、同じクラスには、日本を出発する日に空港で偶然出会った女の子がいました。
ここでは、仮に**「りえちゃん」**と呼ぶことにします。
りえちゃんは、なんとインド人の家庭にホームステイ。
しかも、ホストファミリーが毎日お弁当を作ってくれていました。
「お弁当🍱……。」
「毎日……。」
「いいなぁぁぁぁ☹️❤️。」
ロティー1本とカスタードタルトを食べながら、私は心の底からうらやましがっていました(笑)。
学校では英語以外禁止!EOPというルール
そんな私たちが通っていた学校には、**EOP(English Only Policy)**というルールがありました。
学校の敷地内では、基本的に英語のみ。
英語以外の言葉を話しているところを見つかると、イエローカード🟨。
そして、イエローカード2枚でさらにレッドカード🟥をもらった場合は、なんと退学です。
なかなか厳しい。
……と言いたいところですが、私が在学していた5か月間、誰も退学にはなりませんでした(笑)。
というのも、そもそも生徒の約98%が日本人だったからです。
「英語だけで生活しましょう!」
と言われても、休み時間になると、
「ねえ、昨日さ……」
と普通に日本語が飛び交います。
「あ、やばい、日本語しゃべった!」
なんてことも日常茶飯事。
先生たちも、ある程度は見て見ぬふりをしてくれていたのだと思います。
でも、りえちゃんは違った
りえちゃんは、とにかく勉強熱心。
EOPをかなり徹底していて、学校内では本当に英語を使おうとしていました。
そんなりえちゃんのおかげで、私ともう一人の友達・なみちゃんも、
「学校の外でもなるべく英語で話してみよう」
という環境に恵まれました。
今思えば、こういう友達がいたことは本当に大きかったと思います😊。
毎週木曜日は恐怖の「スピーチ」
そして、毎週木曜日には「スピーチ」の授業がありました。
先生から与えられたテーマについて、クラスの前で約3分間スピーチをします。
テーマは、
- 「お金と幸せ、どちらが大切?」
- 「自己紹介」
- 「なぜ留学に来たのか?」
など。
まず日本語で文章を書き、それを電子辞書を使って英語にしていきます。
今ならAIにお願いすれば、かなり簡単に文章を作れますよね。
でも、当時の私にはそんな便利なものはありません。
持っていたWi-Fiはデータ容量に制限があり、しかも、とにかくつながりが悪い。
ネットで調べながら文章を作ろうものなら、それだけでかなりの時間がかかります。
しかも私は昔から、
作文や論文が大の苦手。
日本語ですら文章を作るのが苦手なのに、それを英語でやる。
もう、難易度が高すぎます。
何を書けばいいのか分からない。
英語にもできない。
でも木曜日はやってくる。
原稿ができたら、今度は暗記……?
そして、原稿ができたら今度は読む練習。
もちろん、原稿を見ないでスラスラ話せたらかっこいい。
でも私は記憶力に自信がありません。
なので……
ガッツリ原稿を見ながら話していました(笑)。
それでも、当時の私にとっては必死です。
「とにかく3分間、終わらせる!」
それだけを目標にしていました。
宿題をしたい私 VS 遊びたいメレ
そんなスピーチ原稿を必死に作っていると、今度は部屋のドアが開きます。
「お姉ちゃん、遊ぼう👧🏾!」
ホストシスターのメレです。
そして、ときにはメレのお友達や親戚まで遊びに来ます。
「宿題を終わらせたい……。」
でも、
「遊んであげたい……。」
この2つの気持ちが、私の中で毎回ぶつかっていました。
本当なら、
「ごめんね、今宿題をしているから、終わったら遊ぼうね。」
と上手に伝えればいい。
でも当時の私は、それを英語でどう言えばいいのか分かりませんでした。
下手な言い方をして、メレを傷つけたくもない。
かといって、宿題も終わらせたい。
「どうしよう……。」
英語がもっと話せていたら、もっと上手に説明できたんだろうなと思います。
でも、当時の私はまだそこまで英語ができませんでした。
それでも、メレは本当に人懐っこくて、お転婆な女の子でした。
もちろん、いたずらをして怒られることもしばしば。
それでもいつもニコニコしていて、とても可愛い子でした。
1か月後には、すっかり仲良し
最初は英語もろくに話せず、どう接していいのか分からなかった私。
そんな私でしたが、フィジーで暮らして1か月ほど経つ頃には、メレともすっかり仲良しになっていました。
最初は緊張していた私が、メレと一緒に変な顔をして写真を撮るまでに(笑)。
「英語が話せない。」
「人見知りだから無理。」
そう思っていた私でも、少しずつ、ほんの少しずつですが、フィジーでの生活に馴染んでいったのです。
でも、この頃の私はまだ知りませんでした。
「英語ができない」という悩みが、この先もっと大きくなっていくことを。
そして同時に、フィジーでの5か月間が、私の人生で忘れられない時間になっていくことも――。


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