フィジー留学1か月、まさか私のベッドにも……
あれは、フィジーに来て1か月ほど経った頃だったと思います。
私が暮らしていたのは、二世帯住宅の2階。
1階には、別のフィジー人家族が住んでいました。
ある頃から、その1階の家族のもとに、別の留学生が暮らし始めました。
「同じ家に、新しい留学生が来たんだな😀」
そのくらいに思っていたのですが……
その留学生は、何週間も経たないうちに、その家を出ることになりました。
理由は――
ベッドバグ🦟
そう。
噂には聞いていた、あのベッドバグです。
「フィジーでは気をつけて」と聞いていたけれど
フィジーに来る前から、
「フィジーでは、ベッドバグに気をつけたほうがいいよ。」
そんな話は聞いていました。
でも、まさか。
こんなに身近なところで、本当に被害に遭う人が出るとは思っていませんでした。
その留学生は、ベッドバグに刺されたことが怖くなり、別のホームステイ先へ変更してもらったようでした。
「大変だったんだな……。」
そのときは、まだどこか他人事。
まさか、このあと自分の身にも起こるなんて、このときの私は知る由もありませんでした。
「じゃあ、このベッドを使えば?」
そして、ここから少し不思議な展開になります。
どうやら、その留学生が使っていたベッドは、もともと私のホストファミリーが1階の家族に譲ったものだったらしいのです。
その留学生がいなくなり、ベッドを使わなくなったので、
「それなら……。」
と、タリザママがそのベッドに殺虫剤をスプレー。
さらに天日干しまでしたそうです。
そして、ある日、私にこう言いました。
「もう大丈夫よ。スプレーしたから、ベッドバグもいないはず。」
「今使っているベッドは子ども用だから狭いでしょ?」
……確かに😟。
私がそのとき使っていたのは、子ども用のベッド。
ちょっと……いや、普通に狭かった。
だから、
「わざわざ私のためにベッドを替えてくれるなんて、タリザってなんて親切なんだろう。」
そう思いました。
ただ……😐
ベッドバグの話を聞いた直後です。
怖くないわけがありません。
「……本当に大丈夫かな🤔。」
タリザの親切への感謝と、ベッドバグへの恐怖。
その両方を抱えながら、その夜、私は新しいベッドに横になりました。
そして私は、あることを試してみることにした
ベッドに横になって、ふと思いました。
「……実験してみよう。」
電気を消して、そのまま横になる。
10分ほど経った頃だったでしょうか。
タリザがパッと電気をつけました。
そして――
「…………😳。」
「…………ん😱?」
私の顔のすぐ横に、
いた。
ベッドバグが。
いや、いるじゃん!!!!
「スプレーしたから大丈夫」
とは、一体なんだったのでしょうか。
さすがにタリザママも焦ったのでしょう。
「もう一回スプレーしなきゃ!」
そう言って、
シュッシュッ。
シュッシュッ。
シュッシュッ。
いや、待って。
ベッドバグを退治してくれているのは分かる。
分かるんだけど……
私、ここで寝るんですよね😭?
その日は、ベッドバグだけではなく、殺虫剤の強烈な匂いとも戦うことになりました😭。
部屋中がスプレーの匂い。
ベッドも、布団も、私の周りも殺虫剤の香り。
「私、もしかして虫になったんじゃない?」
と思うくらい、殺虫剤の匂いに包まれながら、その夜は眠りました。
もう、
ベッドバグを退治しているのか、私まで一緒に駆除されようとしているのか分かりません(笑)。
とはいえ、もう寝るしかありません。
翌朝、まさかの結果
そして翌朝。
恐る恐る体を確認してみると……
13か所も刺されていました。
13か所。
もう「ちょっとかゆい」なんていうレベルではありません。
とにかく、かゆい。
あちこち刺されていて、夜も寝ながらずっと掻いていたのでしょう。
「これ、本当に寝てたのかな?」
と思うくらいでした。
さすがにこれはまずい。
翌日は学校を早退して、病院へ行くことにしました。
フィジーの病院へ。付き添ってくれた友達
そして、ここでも私は一人ではありませんでした。
「一人じゃ心細いだろ?」
そう言って、一緒についてきてくれたのが、友達の**さくちゃん(仮名)**です。
フィジーで初めて行く病院。
しかも、もちろん診察も英語です。
病院に着くと、待合室にいるのは現地の人たちばかり。
「……大丈夫かな😥。」
ベッドバグのことも不安でした。
でも、それと同じくらい、
「先生が何を言っているのか分からなかったら、どうしよう😥。」
という不安もありました。
そんな私に付き添ってくれたさくちゃん。
一人だったら、もっと心細かったと思います。
こういうときに一緒にいてくれる人がいるって、本当に心強いものですよね。
病院では、お尻に注射を打ってもらいました💉。
たぶん抗ヒスタミン薬だったと思うのですが、注射のおかげか、しばらくすると痒みは少し引いたような気がしました。
……ただし。
注射を打ったところが、痛いのに痒い。
痛い!
痒い!!!
どっちなんだ!!!
しかも私は、痛みには比較的強いのですが、
痒みにはめちゃくちゃ弱い😭
気がつけば、お尻をボリボリ。
すると、さくちゃんから一言。
「レディーが街中でお尻をかくんじゃないよ。」
……ごもっともです。
でも、
痒いものは痒い。
病院の帰り、家に帰りたくなかった
病院を出た私たちは、そのまま近くの薬局へ向かいました。
そこで塗り薬を買いました。
そして、その後はというと……
昨日のベッドのこともあり、
「今日は、すぐに家へ帰りたくない。」
そんな気持ちになっていました。
せっかく病院まで来たのだから、もう少し外にいたい。
ということで、さくちゃんとその辺をふらふらしながら、しばらく時間を潰してから帰りました。
今思えば、
「ベッドバグに13か所刺されて、病院で注射を打って、その帰りに薬局へ行く留学生。」
なかなかの状況です(笑)。
そして、ベッドは元に戻った
そして、ベッドバグ事件の後。
さすがにタリザママもかなり焦ったのでしょう。
私のベッドは、以前使っていた子ども用のベッドに戻されていました。
「よかった……。」
正直、ものすごく安心しました。
狭くてもいい。
寝返りが打ちにくくてもいい。
もう、あのベッドには絶対に寝たくない。
そう思いました(笑)。
実は、跡は何年も残った
ちなみに、このとき刺された跡。
今では、もうすっかり消えています。
でも、驚くことに……
3〜4年くらいは跡が残っていました。
当時は、刺された跡を見るたびに、
「まだ消えない……。」
と思っていた気がします。
ベッドバグ事件で学んだこと
今振り返ってみると、この一件は、単に「英語が話せなかったから大変だった」という話ではなかったと思います。
もちろん、英語が十分に話せなかったことも、原因の一つでした。
でも、それ以上に当時の私は、
内気で、自分の意見をはっきり言うことが苦手でした😐。
本当なら、
「怖いです。」
「このベッドは嫌です。」
「前のベッドに戻してほしいです。」
そう言えばよかった。
でも、
「せっかく親切にしてくれたのに……。」
「嫌だと言ったら失礼かな。」
「英語でうまく説明できないし……。」
そんなことばかり考えて、結局何も言えませんでした。
今なら、
「いやいや、そこはちゃんと言おうよ、私!」
と思います(笑)。
でも、当時の私は、それができなかった。
海外に来たからといって、急に性格まで変わるわけではありません。
英語が話せないこと以上に、
自分の気持ちを相手に伝えることの難しさ。
私は、この出来事を通して、それを身をもって知りました。
そして不思議なことに、フィジーでの5か月間は、英語だけではなく、
「嫌なことは、嫌と言う。」
「分からないことは、分からないと言う。」
「助けてほしいときは、助けを求める。」
そんなことも、少しずつ私に教えてくれました。
そして何より、
海外で一人で頑張っているつもりでも、実際にはたくさんの人に助けてもらっていた。
このとき病院についてきてくれた、さくちゃんもその一人です。
この記事を書きながら、この出来事を思い出して、私はさくちゃんにLINEをしました。
「あのとき病院についてきてくれたよね。」
「あのとき、本当に心強かった。ありがとう。」
何年経っても、こういうことは覚えているものですね。
振り返ってみると、私がフィジーで学んだのは、英語だけではありませんでした。
自分の気持ちを伝えること。
助けを求めること。
そして、人に頼ること。
5か月の留学生活の中で、そんなことも少しずつ学んでいったのだと思います。
……とはいえ。
ベッドバグに13か所も刺される経験は、できれば学びたくなかったです(笑)。


コメント