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ワーキングホリデー

🇰🇷 日本食レストランが韓国料理店に!?深夜3時まで働くことになった私

🍜 もう一つ、ラーメン屋さんでも働くことに

日本食レストランの仕事が安定してくると、休みの日に家で何もせず過ごしているのが、なんだかもったいなく感じるようになりました。

そんな時、お店のもう一人のマネージャーから、

「友達がラーメン屋さんを始めたんだけど、働いてみない?」

と声をかけてもらいました。

そこで私は、ラーメン屋さんでも週に2日ほど働くことになりました。

ここでも楽しみだったのは、もちろん……

まかないのラーメン!🍜

当時の時給は17〜18ドルくらいだったと思います。

ところが、3か月ほど働いた頃、少しずつお店の雰囲気が変わってきました。

オーナーの女性とキッチンにいた彼氏がよくケンカをするようになり、その声が店内まで聞こえてくることも。

さらに、約束されていた給料がきちんと支払われないこともあり、私はそのラーメン屋さんを辞めました。


🤫 「みんなには言うなよ」

そんな頃、日本食レストランでは、私にとっても予想していなかった話が出てきました。

ある日、エリックから、

「みんなには言うなよ」

と言われて聞かされたのが、

「この店を韓国料理店に変えるつもりだ」

という話でした。

私は、

「働けるなら、まあいいか」

くらいに思い、その話を誰にも言わずにいました。

そして、お店が一旦閉まることに。

その間に私は旅行へ行きました。

そして帰ってきてみると……


😳 日本食レストランが、韓国料理店になっていた!

店内に入って、びっくり。

完全に雰囲気が変わっていました。

日本食レストランだったはずのお店が、韓国料理店になっていたのです。

さらに、オーナーもエリックから、エリックの友人だったデニーに変わっていました。

エリックはベトナムでも韓国料理店をやっていたので、その関係もあったのかもしれません。

私はそのまま、マネージャーとして働き続けることになりました。

ところが……

ここから私の生活は、大きく変わっていきます。


🌙 営業時間は、なんと深夜3時!

日本食レストランの頃とは違い、韓国料理店の営業時間は、

なんと深夜3時まで。

そして私はマネージャーだったので、

「マネージャーはお店を開けるところから閉店までいないといけない」

という認識で働いていました。

つまり……

深夜3時まで仕事です。

しかも、これが毎回。

正直、かなり怖かったです。


🚻 深夜にやって来る「トイレを貸して!」

お店の近くにはクラブがありました。

そのため、夜遅くなるとクラブ帰りの若いオーストラリア人たちが、

「トイレを使わせて!」

とやって来ることがありました。

でも、ここは公共のトイレではありません。

オーナーから、

「トイレを使いたいなら、何か買ってもらって」

と言われていました。

そこで私は必死に英語で説明します。

“This is not a public toilet!
Do you know who pays the electricity and water bills?
The owner does!
If you’re not our customer, you can’t use the toilet!”

「ここは公共のトイレじゃないよ!
電気代や水道代を誰が払ってるか知ってる?
オーナーが払ってるんだよ!
お客さんじゃないなら、トイレは使えません!」

今思えば、かなり強気です(笑)。

でも当時の私は英語もまだまだ。

深夜3時に、知らない若い人たちを相手に英語で説明するのは、正直怖かったです。


⏰ 気がつけば、パースに来て1年

ここまでの話だけを読むと、短い期間の出来事に感じるかもしれません。

でも実は、この頃にはパースに来てから、かれこれ1年ほど経っていました。

そして、私にもパートナーができていました。

パートナーからは、

「夜中3時まで仕事をするのは危ないよ」

と言われていました。

私自身も、正直、深夜3時まで働くのは怖かった。

それに、毎回毎回、夜中に迎えに来てもらうのも申し訳ない。

「もう、この仕事は辞めよう」

そう思うようになりました。

そして私は、デニーに仕事を辞めることを伝えました。

こうして、パースに来てから約1年。

カラオケから始まり、日本食レストランのスタッフ、そしてマネージャー。

さらに韓国料理店へと変わったお店での生活にも、ついに終わりがやってきました。

海外に来た当初は、まさか自分がレストランのマネージャーになるなんて、想像もしていませんでした。

人生って、本当に何が起こるかわかりません。

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